オウムの死刑囚をまとめて処刑した記憶も新しいこの年の瀬である。
全法務大臣は思い切ったことをやったものだが、私はその判断に疑問を持っている。
司令塔であったのはあくまで麻原教祖ひとりで他の物は洗脳されロボットのごとく動いていただけだからだ。
死刑はあくまでも大本である麻原教祖一人に適用されるべきだったと考えている。
それに二人の死に関与した林被告が死刑を免れ、実際に自分の手では人を殺していない井上被告が処刑されたというのも得心が行かない。しかも再審中だったわけだし。
本件は元号が変わる前に慌ただしく行われた感があり、政治家のプッシュした形跡を思わせる。
人の生死にかかわることに政治云々の外力があってはならないし、日本がそのような国になっていい訳がない。

以下、週刊朝日より引用

2018年も年の瀬に迫った。そこで、AERA dot.上で読まれた記事ベスト20を振り返る。

 9位は2018年7月15日に配信した「オウムの麻原、井上、土谷、新実ら死刑囚の最期の瞬間『その後、仕事できず』と検察幹部」。今年1月にオウム真理教による一連の重大事件の裁判が終結し、7月に13人全員の死刑が執行された。その後の関係者の証言で、麻原彰晃をはじめとする元死刑囚らの執行時の様子が次第に明らかになってきた。

*  *  *

 地下鉄サリン事件など、オウム真理教の一連の事件で死刑が確定、麻原彰晃元死刑囚ら教団幹部7人の死刑が執行されて1週間が経過した。麻原はじめ、元死刑囚らの執行時の様子が次第に明らかになってきた。

【写真】獄中結婚した妻の面会を毎日心待ちにしていた元死刑囚とは

「死刑執行の2、3週間前から『刑場の清掃がはじまった』という話が聞こえてきました。死刑がある前には、必ず念入りに数回、清掃があるのです。そして『テストもやっている』という声も入りました。テストというのは、死刑執行の装置、踏み台などが正常に作動して落ちるのかなど、確認作業をすることです。拘置所の職員の間では、正直、自分たちが担当になるかならないか、緊張感がありましたね。今回はオウム真理教の死刑囚であることは、容易に想定できましたから」(大阪拘置所関係者)

 死刑執行された7月6日、麻原元死刑囚は、毎朝7時の起床に合わせて、東京拘置所の独居房で目を覚ましたという。その後、朝食をすべて食べて食器を戻してほどなく、刑務官から

「出房」

という声がかかった。

 日常、運動も拒否し、独居房から出ることがない麻原元死刑囚。刑務官の声にも、ほとんど反応しなかった。だが、この日は複数の刑務官が麻原元死刑囚の独居房に入り、

「連行」

と声をかけ、連れ出した。

 通常、収容者が使用しない通路を通って、麻原元死刑囚は刑場へと向かったという。そこには「万が一」に備えて、複数の刑務官が通路に立ち、警戒していたそうだ。その時、麻原元死刑囚はさしたる反応がなかったという。

 刑場の前にある「教誨室」で椅子に座るように促された、麻原元死刑囚。

「今日、お別れの日がきました。教誨、どうしますか」

 教誨とは、死刑執行前に、僧侶や牧師から講話を受けること。そう聞かれたが、無反応で何も語らない麻原元死刑囚。設置されている、仏壇に手を合わせることもなかったという。何度も、同じことを聞かれたが、何も答えなかったという。

 遺書を書くかと聞かれたが、それにも

「……」

と返事はなかった。

「麻原元死刑囚は、普段は一日中、独居房の壁にもたれかかり、うつろな顔でボーっとしているだけ。しかし、3度の食事は食べます。この日、教誨室で死刑執行を知った時は、本当か?という感じで、キョトンとして信じられないという表情だったそうです」(法務省関係者)

そして、遺体や遺品の引き取りについて尋ねられたが、そこでも答えはなし。

 そこで、刑務官が妻や長女ら、家族を具体的にあげて聞いた。

「四女」

そう麻原元死刑囚は、話したという。

ハッキリ聞こえなかったので、再度、刑務官が

「四女でいいのか?」

「四女なんだな?」

と何度か確認すると、うなずいたという。

 そして、刑務官が両脇を抱えるようにして、麻原元死刑囚を刑場の前にある「前室」に連れて行く。線香がたかれ、そのにおいが充満した「前室」で拘置所の所長が麻原元死刑囚に指揮書を読み上げて、死刑執行を告げた。

「麻原元死刑囚は、暴れたり、声を発することはなかった。だが、前室で目隠しをされ、両足を固定されたときには死刑が現実のものとわかったのか、顔がやや紅潮してみえたそうです」(前出・法務省関係者)

 そして、麻原元死刑囚は刑場へと消えたという。

 この日、東京拘置所では麻原元死刑囚だけではなく、遠藤誠一元死刑囚と土谷正実元死刑囚も執行された。

「通常、死刑執行は1日に2人まで。3人というのは異例です。麻原元死刑囚の執行の間に次の準備に取り掛かかり、とても慌ただしい状態でした。土谷元死刑囚は、執行前から精神的に安定しない日々で、執行を告げられてかなり驚いていたそうです」(前出・法務省関係者)

 大阪拘置所では、井上嘉浩元死刑囚と新実智光元死刑囚の死刑が執行された。

「井上元死刑囚は死刑執行が近いと思っていたのか、独居房でもせかせかした感じでいろいろノートに書いていましたね。新実元死刑囚は大阪拘置所に移送された後、毎日、獄中結婚した妻が面会に来てくれるのを心待ちにしていた。面会室では新婚のカップルのようにみえたという。だが、新実元死刑囚は精神的には、落ち着かない日々で、ソワソワしていて、『どうなるのだろう』とこぼすこともあった。東京拘置所では、独居房で瞑想したそうだが、大阪拘置所ではそんな余裕もなかったようだ」(大阪拘置所関係者)

 井上元死刑囚は、死刑執行の直前、最後の言葉として、自分の両親に

「心配しないでと伝えてください」

「ありがとうございました」

と述べた。

「こんなことになるとは思っていなかった」

 その言葉の意味が、オウム真理教に入信し、麻原元死刑囚と行動をともにしたことのなのか、それとも最近になって再審請求をしたので、まだ死刑執行はないと思い込んでいたのか、詳細はわからない。そして、2人の刑務官にはさまれるようにして、自ら刑場に歩を進めたという。

 その遺体は、両親に引き取られて、故郷で荼毘に付されたという。

 死刑執行には、検察庁の幹部が立ち会う。一般的には、高等検察庁の部長クラスが選ばれるという。

「死刑当日、執行に立ち会った幹部は検察庁に戻るなり、足元に塩をまかれてお清め。すぐ自宅に帰ったそうです。さすがに、そのまま仕事はできませんよね」(ある検察庁の幹部)

 残る6人のオウム死刑囚の執行は年内とされている。